【経営者の生きざま No.22】スチュワート・バターフィールド──失敗の副産物が世界を変えた

この人物を取り上げる理由
スチュワート・バターフィールドは、「失敗からの再発明」を2度も成功させた稀有な起業家だ。
オンラインゲーム開発に失敗し、その副産物として生まれた写真共有サービス「Flickr」をYahoo!に売却。
さらに、2度目のゲーム開発失敗から生まれた社内チャットツールが、企業向けコミュニケーションプラットフォーム「Slack」として世界を席巻した。
副業や個人ビジネスで「うまくいかない」と悩む人こそ、バターフィールドの思考法を知るべきだ。
「今やっていることの副産物」に、次のビジネスの種が眠っているかもしれない。
彼の人生は、失敗を「転換点」に変える技術の連続だった。
(私たちはソフトウェアを売っているのではない。それがない苦痛からの解放を売っているのだ。)
── スチュワート・バターフィールド
人生の軌跡
カナダ・ブリティッシュコロンビア州ルネットで生まれる。幼少期はヒッピーコミュニティで育ち、電気もない環境で過ごす。この原体験が「常識を疑う」思考の土台になったとされる。
ビクトリア大学で哲学の学士号を取得。その後、ケンブリッジ大学で哲学の修士課程に在籍(修了はしていない)。論理的思考と人間理解を深める学問的素地を形成。
カル・ヘンダーソンとともにオンラインゲーム「Game Neverending」の開発を開始。しかし資金難によりプロジェクトは頓挫。この失敗の「副産物」として生まれた写真共有機能が次のビジネスの芽となる。
写真共有サービス「Flickr」を正式ローンチ。瞬く間にWeb 2.0時代を代表するサービスに成長。2005年、Yahoo!が約3,500万ドルで買収。最初の「失敗からの成功」を実証する。
2度目のゲーム「Glitch」も失敗に終わる。しかし開発チームが使っていた社内チャットツールに可能性を見出し、「Slack」として独立サービス化。翌2014年の正式ローンチから驚異的な速度でユーザーを獲得。
SalesforceがSlackを約277億ドル(約3兆円)で買収。ソフトウェア業界史上最大規模の買収の一つとなる。バターフィールドはCEOとして残留し、Salesforceとの統合を指揮。
思考法①:失敗の「副産物」を売れ
バターフィールドの最大の才能は、「失敗の中に宝を見つける目」だ。
ゲームを作ろうとして失敗したとき、彼はゲームの残骸を捨てなかった。
開発プロセスで「必要に迫られて作ったもの」に目を向け、そこに本当の価値があると判断した。
Flickrも、Slackも、「本命ではなかったもの」が世界を変えた。
副業・個人ビジネスでも同じ発想が使える。
「本業のために作った資料」「趣味で蓄積した知識」「日常の問題を解決するために作ったツール」——これらはすべて、誰かにとっての価値になり得る。
「本命の失敗」より「副産物の成功」を探せ
バターフィールドは2度、ゲーム開発という「本命」を失った。しかし彼は落ち込む時間より、「このプロセスで生まれたものに価値はないか」を問い続けた。Flickrは写真共有機能という「おまけ」から生まれ、Slackはチームの生産性を上げるために「自分たちのために作ったツール」だった。失敗した事業の「副産物」こそ、すでに実証済みのソリューションである。なぜなら、それは自分自身の切実な問題を解決するために生まれたからだ。
- ▶ 本業や過去の挑戦で「自分のために作ったもの・まとめたもの」を棚卸しして、販売・公開できるものを探す
- ▶ 失敗した副業プロジェクトの「素材・コンテンツ・ノウハウ」を別の形で再パッケージして販売する
- ▶ 「自分が困って作った解決策」をnoteやテンプレートとして公開し、同じ問題を抱える人に届ける
思考法②:「苦痛の解消」を売るという哲学
バターフィールドはSlackを売るとき、「チャットツール」とは一切言わなかった。
彼が語ったのは「メールの苦痛からの解放」であり、「会議の無駄をなくす体験」だった。
哲学を学んだ彼は、「人は何を買っているのか」の本質を深く理解していた。
人が買うのは機能ではなく、「悩みが消える感覚」「時間が戻ってくる喜び」——そういった感情的な変化だ。
これは副業において最も重要なマーケティング思想の一つである。
「何ができるか」ではなく、「どんな苦痛を消せるか」を語れる人が、売れる個人になる。
機能を売るな。「その後の世界」を売れ
Slackのローンチ当初、バターフィールドはチームに「私たちは何を本当に売っているのか」を徹底的に考えさせた。答えは「組織の生産性向上」でも「チャット機能」でもなく、「仕事のストレスと混乱からの解放」だった。この視点がSlackのコピーライティング、UI、カスタマーサポートのすべてに一貫して反映された。哲学専攻の出身として、バターフィールドは「言葉が現実を作る」ことを深く信じていた。あなたが売るものを「使った後の人がどう感じるか」で語り直すだけで、伝わり方は劇的に変わる。
- ▶ サービス紹介文を「できること」から「悩みが解消された後の状態」に書き直す(Before→After形式)
- ▶ 顧客が「なぜ困っているか」の感情的な核心を言語化し、SNSやプロフィールの冒頭で語る
- ▶ 「○○ができます」ではなく「○○の不安が消えます」という表現に変換して集客文を作る
思考法③:「優しさ」を競争優位にする
バターフィールドがSlackを率いる上で最も重視したカルチャーの一つが「Kind(優しさ)」だ。
Slackの社内バリューには「Empathy(共感)」が明示されており、顧客対応・プロダクト設計・チーム文化のすべてに「人間への敬意」が貫かれている。
彼は「賢くあることより、親切であることが難しい」と語っており、組織・プロダクト・コミュニティを作る上で「優しさ」こそが最も持続的な差別化要因だと考えていた。
副業や個人ビジネスにおいても、技術や機能で差がつきにくい時代に、「この人から買いたい」という感情を生む唯一の武器が「人間としての温度」である。
技術ではなく「人間としての温度」が最後に勝つ
Slackが競合ひしめくビジネスチャット市場で急成長した理由の一つは、プロダクト自体の「親しみやすさ」と「ユーモア」にあった。エラーメッセージひとつ、ローディング画面の一言にまで、人間が書いたと感じられる言葉が込められていた。バターフィールドは「ソフトウェアは冷たくある必要はない」という信念を持ち、プロダクトに人格を吹き込んだ。個人ビジネスで信頼を勝ち取るのも同じ原理だ。丁寧なメール返信、気の利いたメッセージ、想定外の小さな気遣い——これらは特別なスキルではなく、意識と習慣の問題である。
- ▶ 納品物やDMに「一言の気遣い」を添える習慣をつける。それだけでリピート率・紹介率が変わる
- ▶ SNS発信やコンテンツに「人間らしいユーモアや失敗談」を盛り込み、「この人に頼みたい」感を育てる
- ▶ クライアントの言葉に「共感ファースト」で応答する。解決策より先に「わかります」を伝える姿勢を持つ
失敗を嘆かず、失敗の中に宝を探す。
「本命が死んだとき、副産物が命を宿す」——それがバターフィールドの人生の法則だ。
哲学者の目で「人間の苦痛」を見続けた男は、2度の大失敗を経て、世界で最もよく使われるビジネスツールを生み出した。
あなたへの問いかけ
- ▶ あなたがこれまで「失敗した」と思って捨てたプロジェクトや経験の中に、誰かの役に立つ「副産物」は眠っていないか?
- ▶ あなたの副業・サービスの説明文は「機能」を語っているか、それとも「苦痛が消えた後の世界」を語っているか?
- ▶ あなたのビジネスに「人間の温度」は宿っているか?技術やスペック以外で、「あなただから頼みたい」と言われる要素は何か?
次回:デビッド・ハイネマイヤー・ハンソン










