【ビジネス事例シリーズ Lesson 83】「JINS」── 「低価格×デザイン×スピード」で業界を変える

JINS(ジンズ)──
「眼鏡は高い」という業界常識を
構造ごと破壊した25年
服飾雑貨の卸売業者が、韓国で3,000円の眼鏡を見て業界に参入。SPA(製造直販)で中間コストを根絶し、低価格と高デザイン・高機能を同時達成。2025年8月期に売上972億円・営業利益120億円という過去最高を記録した「構造破壊型ビジネス」の全貌。
🔗 JINS公式サイト(https://www.jins.com)前回のLesson 82「オイシックス・ラ・大地」では、「解約されない仕組みの設計」を学んだ。
Kit Oisixが「野菜」ではなく「20分の夕食体験」を売る設計に変え、スキップ・休止機能で完全解約を防ぎ、競合統合で市場全体を育てた。「体験を売る」「LTVを設計する」「競合と組む」という3つの法則が核心だった。
今回のJINSは「構造を変えると価格も品質も同時に変わる」という法則を体現する。副業家が最も学ぶべき「中間コストを削って自分の価値を上げる設計」が詰まっている。
1988年、群馬県前橋市。信用金庫勤務を経て起業した田中仁(当時25歳)は、服飾雑貨の企画・卸売を手がける「ジェイアイエヌ」を立ち上げた。
当初の事業は順調とは言えなかったが、2000年のある出来事が全てを変える。
調べると、答えは明快だった。
日本の眼鏡業界は「メーカー→問屋→小売店」という複雑な流通構造の中で、何重もの中間マージンが乗っていた。
さらに「眼鏡は一度作ったら長く使うもの」という消費者意識もあり、少量高価格が常識だった。
しかし田中が雑貨の卸売で培っていたのは、まさに「生産から流通まで手がける」SPAの発想だった。
「ユニクロが衣料品でやったことを、眼鏡でやる。」
2001年4月、福岡・天神に「JIN’S天神店」1号店をオープン。眼鏡業界への本格参入だ。
低価格・高デザインを武器に参入。5年でJASDAQ上場。しかし2007〜08年に赤字転落し、存亡の危機に
フレーム+薄型非球面レンズ+ケースで4,990円〜、レンズ追加料金ゼロ。レンズ100万個一括発注で仕入れ単価を激安に。売上前年比140%達成
「目が悪くない人も使う眼鏡」という新市場を創出。ブルーライトカット・花粉カット・UV対策で「アイウエア=視力矯正器具」の定義を塗り替えた
2008年の赤字転落は、急拡大による店舗品質の低下が原因だった。
そこで田中は外資系証券アナリストの紹介で、柳井正(ファーストリテイリング社長)に会うことになる。
「御社の事業価値は?」「ミッションは何ですか?」──矢継ぎ早の質問に答えられなかった田中に、柳井は言い放った。
「この株価は、御社には将来性がないと思われているということです。」
当時の株価は1株41円。この一言が、JINSの本当の変革の起点となる。
JINSが参入する前の眼鏡業界には、顧客が当然のように受け入れていた「不満の常識」があった。
- 「高い」: フレーム+レンズ(度入り)で3〜5万円が標準。良いレンズを選ぶと数万円追加。「眼鏡は高いもの」と全員が思い込んでいた。実態は複雑な流通構造による中間マージンの積み上げであり、製造原価とは大きな乖離があった。
- 「遅い」: 注文から受け取りまで1〜2週間が当たり前。「職人が丁寧に作るから時間がかかる」というストーリーで正当化されていた。しかしそれは単に、製造・流通の非効率さの結果でしかなかった。
- 「少ない」: 店頭に並ぶデザインは限られ、「自分に合うもの」を選ぶ楽しさがほとんどなかった。眼鏡はファッションアイテムではなく「医療器具」としての位置付けが強く、デザインへの投資が少なかった。
- 「目が悪い人だけのもの」: 眼鏡=視力矯正が前提で、視力が良い人にとって眼鏡は関係ないものだった。ブルーライト・花粉・UV対策という「機能性アイウエア」というカテゴリー自体が存在しなかった。
- 「1本しか持たない」: 眼鏡は高いから、壊れるまで使い続ける。複数持ちは贅沢というイメージが定着。これにより市場全体の購買頻度が著しく低く抑えられていた。
眼鏡業界の常識は
すべて「構造の不正解」から生まれていた。
構造を変えれば、常識は全て逆転できる。
JINSの最も根本的な戦略は、流通の構造そのものを作り直したことだ。
従来の眼鏡業界と、JINSの流通構造の違いを見れば、価格差の理由は一目瞭然だ。
(製造)
(卸売)
(中間流通)
(小売)
(企画・設計)
(直接製造)
(直営販売)
さらに2009年の価格改定時、JINSは最大の決断を下した。
当時レンズの発注は複数のメーカーへ分割するのが「業界常識」だったが、
JINSは一社のレンズメーカーに100万個単位で一括発注。
「業界で一番高品質のレンズを、業界で最も安く仕入れる」という逆転を実現した。
結果、「薄型非球面レンズ込みで4,990円〜」という、業界の誰もが不可能と思っていた価格が実現した。
①中間業者排除によるコスト削減:問屋・代理店・中間流通を全て排除し、自社で直接製造→直接販売のルートを構築。これだけで従来比の30〜50%のコスト削減が可能になった。
②大量生産・大量調達によるスケールメリット:低価格で売るということは、多く売る必要がある。多く売るために低価格にする──この好循環を設計することで、品質を下げずにコストを下げる「規模の経済」を働かせた。レンズ100万個一括発注がその象徴だ。
③デザイン・機能のイノベーション投資への転換:中間マージンに消えていたコストを「商品企画・デザイン・機能開発」に再投資できるようになった。Air Frame(10g超軽量フレーム、2009年)はこの再投資の産物で、累計170万本を超えるヒットとなった。
SPAによるコスト革命だけでは、JINSは「安い眼鏡屋」に過ぎなかった。
そこで田中が次に狙ったのは、「眼鏡を必要としなかった人を新たな顧客にする」戦略だ。
2011年に発売した「JINS PC(現JINS SCREEN)」は、業界の常識を根本から塗り替えた一手だった。
🔴 業界の旧常識
眼鏡=視力矯正器具
対象者:目が悪い人のみ
市場規模:視力矯正が必要な人口
購買頻度:壊れるまで買い替えない
1人1本が当然
🟢 JINSの新定義
眼鏡=生活をサポートするアイウエア
対象者:目が良くても使える(全員)
市場規模:日本の全人口
購買頻度:用途・季節・ファッションで複数購入
複数本持ちが楽しい
「JINS PC」のコンセプトは単純明快だった。
「PCやスマートフォンを使う人の目を守るブルーライトカット眼鏡」──
当時、スマートフォンの普及と共に「目の疲れ」を訴える人が急増していた。
解決策は「PCを使わないこと」ではなく「目を守る眼鏡をかけること」。
視力が良い人でも使える眼鏡(度なし)を低価格で提供することで、
「眼鏡を一度も買ったことがない人」を初めて顧客にした。
JINS SCREEN(旧JINS PC、2011年〜):ブルーライトをカット。「PC・スマホを使う全ての人」が対象。視力が良い人でも使える。「機能性アイウエア」というカテゴリーをゼロから創出した先駆者商品。
JINS 花粉CUT(2012年〜):花粉・ほこり・乾燥から目を守るゴーグル型眼鏡。花粉症に悩む約2,600万人という巨大市場を取り込んだ。
Air Frame(2009年〜):わずか10g、曲げても折れないフレーム素材。「壊れにくいから複数持てる」という心理的ハードルを下げた。累計170万本超のヒット。
JINS MEME(ジンズ・ミーム):眼電位センサーを搭載したスマート眼鏡。目の動き・まばたき・頭部の動きから集中力・眠気・体の傾きを計測し、アプリと連動。眼鏡を「ウェアラブルデバイス」として次の次元へ押し上げる。
2025年8月期の好調を支えた要因の一つが「高単価商品の販売増加」だ。
低価格で入口を作り、高付加価値商品で単価を上げる──
視力矯正から機能性、そしてウェアラブルへという進化は、
「眼鏡の定義を変え続ける」というJINSの一貫した戦略軸の上にある。
2008年の赤字転落後、柳井正から問われた「御社のミッションは何ですか?」という質問に答えられなかった田中は、
翌2009年、経営陣を集めた合宿でJINSのビジョンを言語化した。
「史上最低・最適価格」という言葉は、単なる低価格宣言ではない。
「安くする方法を常に考え続ける」という永続的なコミットメントだ。
このビジョンを掲げてから、JINSは価格改定→Air Frame→JINS PC→海外展開という怒濤の展開を始める。
2013年東証一部上場。2019年ホールディングス体制へ移行。
そして2025年8月期に売上972億円・営業利益120億円という過去最高を達成した。
台湾(61→78店舗):アジアの中でJINSモデルが最も自然に受け入れられた市場。2025年8月期は売上・利益とも大きく成長し、海外セグメントの黒字化に最も貢献した。日本と同様のSPA+機能性アイウエア戦略が有効に機能している。
中国(事業再構築):以前は赤字が続いていたが、2025年8月期には収益性を改善。事業リストラと高付加価値路線への転換が奏功した。「中国にはJINSのようなビジネスモデルがなかった」という田中の見立て通り、ポジションを確立しつつある。
米国(次のフロンティア):「人種が多いアメリカはポジションを作るのが非常に難しい」と田中自身も語る難市場。しかしJINS MEMEのようなテクノロジー眼鏡での差別化や、ユニクロ型のグローバル展開を模索中。2026年8月期は海外利益のさらなる成長を予想。
(+17.1%、過去最高)
国内既存店+16.5%が牽引
(+54.3%、過去最高)
営業利益率12.4%(+3pt)
(日本540・海外249)
2026年8月期は更に拡大予定
2026年8月期予想は売上1,116億円(+14.8%)・営業利益130億円(+7.5%)と、初めて売上1,000億円超えを狙う。
旗艦店への投資・システム刷新で一時的に利益率はやや下がる見込みだが、長期成長への布石だ。
株価41円から始まった再生の物語は、今も続いている。
構造を変えた企業だけが、価格と品質を同時に動かせる。──これがJINS25年間の証明だ。
「安くする」のではなく「無駄なコストを省いた結果として安くなる」。この違いを体で覚えることが、副業で価格競争に巻き込まれないための唯一の道だ。
「中間コスト」を探して根絶せよ── 価格競争は構造で勝つ
JINSが価格を下げられたのは「我慢して安く売った」からではない。中間業者を排除し、大量一括調達し、直接顧客に届ける構造を作ったから、価格が下がった。副業家も「自分の収入が増えない理由」には必ず「構造的な中間コスト」が潜んでいる。
- クラウドソーシング手数料20〜30%→直接クライアント獲得に切り替える
- 制作会社経由での外注→エンドクライアントと直接契約する
- エージェント経由の案件紹介料→自分のポートフォリオ・SNSで直接問い合わせを受ける
- 「中間を抜いた分」を顧客への価格還元と自分の利益増の両方に振り分ける
今のスキルを「使わない人」を顧客にする逆転発想
JINS SCREENは「眼鏡が不要な人」を顧客にした。Air Frameは「眼鏡を壊すのが嫌な人」の購買頻度を上げた。どちらも「今の顧客をもっと満足させる」ではなく「今の顧客になっていない人を取り込む」という発想から生まれた。副業でも同じ逆転が可能だ。
- 「文章を書かない経営者」に「話すだけで記事になるサービス」を作る
- 「デザインに関心がない中小企業」に「テンプレートで自社でできるデザインの仕組み化」を提供する
- 「SNSが苦手な専門家」に「月1回の取材だけでSNS運用できる仕組み」を提案する
- 「今の顧客」「今のサービス」で思考停止しない。「なぜ使っていないのか」を考える
「ビジョンを言語化する」ことが、指名と単価を決める
田中仁が「御社のミッションは何か」という質問に答えられなかったとき、株価は41円だった。ビジョンを言語化した後、JINSは年商1,000億円企業になった。これは規模の話ではなく「自分が何者で、何を提供し、なぜそれに価値があるか」を言えるかどうかの話だ。
- 「自分の副業サービスを1文で説明する」ことを今日やってみる
- 「誰に・何を・どんな価値で・なぜ私が」という4要素で自分のビジョンを書く
- ビジョンが明確な副業家は「指名」される。曖昧な人は「価格で比較」される
- ビジョンはSNSプロフィール・ポートフォリオ・提案書の冒頭に必ず入れる
「安さ」で戦わず「安くできる構造」を作れ
JINSの競合(メガネトップ・インターメスティック)は営業利益率6〜8%だが、JINSは12.4%だ。低価格で勝負しているはずのJINSが、高価格の競合より利益率が高い。それは「安さ」を努力で実現しているのではなく「安くなる構造」を作っているからだ。この違いは副業でも決定的だ。
- 「時間を売る」副業は値下げ圧力に弱い。「成果を売る」副業は価格交渉に強い
- テンプレート・AIツール・外注ネットワークで「同じ品質をより短時間で」できる構造を作る
- 構造が整えば、単価を下げなくても競争力が上がる
- 「1件あたりの利益」ではなく「1時間あたりの利益」を最大化する設計思想を持つ
📋 今日からできるJINS式 副業改善
今使っているクラウドソーシング・エージェント・制作会社経由の案件について「手数料・マージンは何%か」を確認する。1つでもいいので「直接問い合わせが来るルート(SNS・ポートフォリオサイト・勉強会登壇など)」を今月中に1つ作る計画を立てる。JINSが問屋を排除して利益率を上げたように、中間コストを1つ削るだけで報酬は大きく変わる。
「自分の副業は誰の、どんな問題を、どう解決するサービスか」を30分で1文に書き下す。完璧でなくてよい。まず書くことが大事だ。田中仁が「史上最低・最適価格で、よく見える×よく魅せるアイウエアを継続的に提供する」と言い切ったように、副業家も言い切れる1文を持つ。書けたら今日中にSNSプロフィールに入れる。
JINSが「目の良い人」を顧客にしたように、「今のスキルをまだ使っていない属性の人」を1パターン考える。「ライターだが文章を書かない経営者向け」「デザイナーだがデザインに予算を使わない個人事業主向け」など。そのアイデアをX(旧Twitter)やノートに投稿して反応を見る。実際にサービス化する前に市場の声を聞く、JINSがパイロット出店でテストしたように。
🔗 まとめ:JINSが証明したのは「構造が変わると全てが変わる」という法則だった
服飾雑貨の卸売業者が「韓国の3,000円眼鏡」に気づき、SPA構造を設計し、業界の5つの常識を逆転させた。
「安い+デザインが良い+機能がある+すぐ受け取れる」──これらは全て、構造の変革によって初めて同時達成できた。
柳井正の一言で気づいたビジョン経営が、株価41円からの復活を導いた。
2025年8月期売上972億円・営業利益120億円という過去最高の数字は、
「構造を変えることへの25年間の投資」が結実した証だ。
そして今、JINS MEMEというスマート眼鏡で「眼鏡のプラットフォーマー」という次の定義を目指している。
副業家も「構造」を変えよ。
中間コストを削れ、新しい顧客定義を作れ、ビジョンを言い切れ。
「安くする努力」より「安くなる構造」を作ることが、
JINSが25年かけて体現した最大の教訓だ。
Lesson 84:ローランド株式会社
電子ピアノ・シンセサイザー・電子ドラムで世界シェアトップクラスを誇るローランド。しかしその歴史は「廃業寸前からの奇跡の再生」だ。創業者・梯郁太郎が一人で起業した1972年から、グローバルブランドへ。そして2014年に上場廃止・投資ファンドへの売却という転換点。
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