【経営者の生きざま No.39】ステファン・パーソン──シンプルな軸で世界を動かしたH&Mの設計者

この人物を取り上げる理由
H&M(Hennes & Mauritz)といえば、世界75カ国以上に5,000店舗超を展開するファストファッションの巨人だ。その礎を築いたのが、創業者エルリング・パーソンの息子、ステファン・パーソン(Stefan Persson)である。
ステファンは1982年にH&Mのトップに就任。父から受け継いだスウェーデンの小さなアパレル企業を、わずか30年あまりで世界最大級のファッションブランドへと成長させた。2024年時点でのステファンの資産は推定約160億ドル(約2兆4,000億円)とも試算され、北欧有数の富豪として知られる。
副業・個人ビジネスの視点から見たとき、ステファンの経営哲学は極めて示唆に富む。「良いものをより安く、より多くの人に届ける」という一本の軸を持ち続けること。ブランドの本質を守りながらスケールアップする方法論。そして、後継者にバトンを渡しながらも影響力を保ち続けるオーナーシップの考え方。これらはすべて、副業を本業へと育てたい人間にとっての重要な教訓となる。
── ステファン・パーソン
人生の軌跡
スウェーデン・ストックホルムに生まれる。父エルリング・パーソンは1947年に婦人服店「Hennes(ヘネス)」を創業しており、ステファンはその創業の年に誕生した。文字通り、H&Mとともに歩み始めた人生の始まりである。
父エルリングが狩猟・アウトドア用品店「Mauritz Widforss」を買収し、社名を「Hennes & Mauritz」に変更。ステファンは幼少期から父の商いを身近に見て育ち、小売業の現場感覚を肌で吸収していった。
ロンドンにH&Mの英国1号店を開店するプロジェクトに参画。スウェーデン国外への最初の大型進出を成功させ、グローバル展開の端緒を開く。この経験がステファンの国際感覚を大きく磨いた。
父エルリングの引退にともない、35歳でH&Mの最高経営責任者(CEO)に就任。当時の売上高はスウェーデン国内を中心とした規模にとどまっていたが、ステファンはここから徹底したグローバル戦略と低コスト・高デザインの経営方針を打ち立てる。
インターネット通販の先駆けとしてオンラインショップを開始。ファッション業界では異例のデジタルシフトを早々に決断し、後のeコマース爆発期に大きなアドバンテージを得た。2000年には米国市場にも進出し、H&Mのグローバル化が本格加速する。
CEOの座を退き、会長職(Executive Chairman)に移行。経営の第一線からは一歩引きながらも、H&Mグループの大株主・会長として重要な経営判断に引き続き関与。2020年代以降も息子のカール=ヨハン・パーソンとともにH&Mの方向性を見守り続けている。
思考法①:「一本の軸」を決めたら、ブレない
ステファンが35年以上にわたってH&Mのトップに君臨できた最大の理由は、「価値提案のシンプルさ」を一切揺るがせなかったことだ。「ファッションと品質を最良の価格で」(Fashion and quality at the best price)。この一文が、H&Mのすべての意思決定の基準となった。
高級ブランドとのコラボレーション(カール・ラガーフェルド、ヴェルサーチェ、コム・デ・ギャルソン等)も、この軸から外れていない。「一流のデザインを、普通の人が買える価格で」という哲学の延長線上にある施策だからこそ、世界中で話題を呼んだ。軸がブレないから、施策の幅を広げても顧客が混乱しない。
あなたのビジネスの「一行ミッション」を決めよ
副業でよく起こる失敗が「何でも屋」になることだ。ライティングも動画編集もSNS運用も……と手を広げるうち、誰に何を届けているのかが曖昧になる。ステファンが示すのは逆のアプローチ。まず「私は〇〇な人に、〇〇を、〇〇な形で届ける」という一行を確定させること。そこから商品・サービス・発信の全てを逆算する。軸が定まれば、コラボや新展開も「軸を補強する手段」として機能し始める。
- ▶ 副業プロフィールの冒頭に「誰に・何を・どんな価値で」を一文で書き切る
- ▶ 新しいサービスを追加する際、「軸に沿っているか?」を判断基準にする
- ▶ 軸を決めることで断るべき案件が明確になり、消耗が減る
思考法②:コストと品質は「二択」ではなく「両立」である
「安さ」と「品質」は相反すると思われがちだ。だがステファンは、この常識を徹底的に疑い続けた。デザインは一流デザイナーやトップブランドとのコラボで確保し、製造コストはバングラデシュや中国などのサプライチェーンを最適化することで抑える。中間コストを削り、直接消費者に届けることでマージンを確保しながら価格も下げる。
この「どちらかではなく、どちらも」という発想がH&Mの競争優位の核心だ。ステファンは「品質を下げずにコストを下げる方法を常に探し続けた」と語っており、これは問題を「二択」に見せかけた思考の罠を外す力だともいえる。
「安く売るか・高く売るか」という二択を疑え
副業初心者はしばしば「安く請け負ってでも実績を作る」か「高単価にこだわる」かという二択に悩む。だがステファンが示すのは第三の道だ。コストを下げながら品質を上げる仕組みを考えること。たとえばテンプレートや再利用可能なフレームワークを作れば、提供時間を短縮しながら成果物の品質は維持できる。「どちらか」ではなく「どちらも」を追求する思考習慣が、副業を単価と工数の両面で改善する。
- ▶ 繰り返し使えるテンプレートや提案書フォーマットを作り、作業時間を圧縮する
- ▶ 外注やAIツールで処理コストを下げ、クリエイティブな部分に集中する
- ▶ 「安くするか高くするか」の前に「仕組み化できないか」を先に考える癖をつける
思考法③:「オーナーシップ」を持ち続けることが長期的な力になる
ステファンが2009年にCEOを退いた後も、H&Mグループへの影響力を失わなかった最大の理由は「大株主であり続けたこと」だ。パーソン家は一貫してH&Mの筆頭株主の地位を保持し、会長として取締役会に残ることで、経営の方向性に深く関与し続けた。
これは単なる「引退」ではない。現場の日々の業務からは退きながらも、ビジョンと資本という二つの軸でビジネスを支配し続けるという高度な「オーナーシップの設計」だ。息子カール=ヨハンにCEOを任せつつ、家族の資産として世代を超えてH&Mを守るというモデルは、スウェーデン財界における一つの理想形として評価されている。
副業も「オーナー視点」で設計すると長期資産になる
副業を「時間を売る労働」として設計するか、「自分のブランド・資産を育てる営み」として設計するかで、5年後の結果は大きく変わる。ステファンがH&Mを「創業家の資産」として守り続けたように、副業においても「自分がいなくても機能する仕組み」「積み上がるコンテンツや顧客リスト」「再現性のあるサービスモデル」を意識的に設計することが重要だ。労働収入から資産収入へのシフトは、オーナーシップの視点なしには起きない。
- ▶ ブログ・SNS・メルマガなど「積み上がる資産」を副業の柱に組み込む
- ▶ 自分が稼働しなくても収益が入る仕組み(デジタルコンテンツ・サブスク等)を意識して設計する
- ▶ 副業を「今月いくら稼ぐか」ではなく「5年後に何を持っているか」で評価し直す
ステファン・パーソンとは、「シンプルな軸」を30年以上守り抜くことで、一国の小売店を世界的巨人へ変えた経営者だ。コストと品質の両立という常識破りの発想、そして現場を退いた後もオーナーシップで影響力を保ち続ける設計力。この二つが彼の本質である。副業においても、軸を決め、仕組み化し、資産として育てる視点を持てるかどうかが、消耗する働き方と豊かになる働き方を分ける。
あなたへの問いかけ
- ▶ あなたの副業・個人ビジネスの「一行ミッション」は、今すぐ言葉にできますか?
- ▶ 「安さ」と「品質」を両立させるために、あなたはどんな仕組みを作れますか?
- ▶ 5年後に「あなたがいなくても価値を生み続ける資産」を、今の副業の中に作っていますか?
次回:カルロ・ベネトン






