【ビジネス事例シリーズ Lesson 87】「ハンズ」── 「東急」を捨てて再出発する老舗

ハンズ──
「手の復権」から始まった48年が
赤字44億円を経て辿り着いた場所
1976年神奈川・藤沢に生まれた「東急ハンズ」は、DIYと手づくりの文化を日本に根付かせた先駆者だ。しかしEC台頭とコロナ禍が重なり、2021年に44億円の営業赤字を計上。カインズへの身売りという「屈辱」を乗り越え、「ハンズ」として再出発した。売上V字回復の裏に何があったのか。「深さで勝つ」専門性の哲学と、自分の強みを磨き直した副業家的再生の物語。
🔗 ハンズ公式サイト(https://www.hands.net)前回のLesson 86「ロフト」では、「時の器」という37年間不変のコンセプトを軸に、「必欲品を売る」「IPコラボで来店動機を作り続ける」「カテゴリの重心をコスメへ移動させる」という3戦略で2年連続過去最高益を更新した話を学んだ。
ロフトが「感情で選ばれる体験の設計」で勝ったのに対し、今回のハンズは対照的な戦略だ。「広さ」ではなく「深さ」で勝つ。流行を追うのではなく「手を動かすこと」という原点に回帰する。赤字44億円から605億円のV字回復を遂げた「専門性の再定義」の物語。
副業家への問いは明確だ。「何でもできます」は武器か、罠か。深く一点に刺さる専門家として生き残るか、広く浅く消耗するか。ハンズの再生劇が、その答えを教えてくれる。
ハンズの誕生は、1976年。
神奈川県藤沢市に「東急ハンズ」1号店がオープンした。
創業理念は明快かつ野心的だ──「手の復権」。
大量生産・使い捨てが当たり前だった時代に、「自分の手で作る・直す・選ぶ」という行為の価値を取り戻す。それがハンズの出発点だった。
ニューヨーク・アーツ&クラフツ運動の現代版とも言える思想を、日本の小売業として実践した。
「ヒント・マーケット」というブランドスローガンが示すように、「商品を買う場所」ではなく「何かを始めるヒントを見つける場所」として設計された。
藤沢店として1号店オープン。東急不動産の子会社として設立。「手の復権」をキーワードに、DIY・クラフト・生活用品を扱う「専門量販店」として誕生。翌77年に二子玉川店、78年に渋谷店を開店。
池袋店など大型旗艦店が相次ぎオープン。都市型専門店として全国展開。1994年「好きなファッションビル・総合雑貨店」女子高生アンケートで渋谷店が1位を獲得。渋谷文化・若者文化の象徴へ。
「ここは、ヒント・マーケット」をブランドスローガンに制定。モノを売るだけでなく、「モノ・コト・ヒトの出会いの場」として店舗を再定義。
地域密着型新業態「プラグス マーケット」を開始。地域の魅力を発見・発信するマーケット型店舗として、既存店舗と異なるアプローチを模索。
コロナ禍で売上前期比▲35%、営業赤字44億円に転落。EC競合・売場効率の悪化・対面販売重視の戦略がコロナで直撃。東急不動産ホールディングスは売却を決定。
カインズ(ベイシアグループ)が全株式取得。カインズ傘下として再出発。2022年10月社名「ハンズ」に変更。新ロゴ(佐藤オオキデザイン、漢字「手」モチーフ)、新ブランドステートメント「手でソウゾウしよう。手でワクワクしよう。」発表。
2024年2月期売上605億円(前期比+18%)でV字回復。2023年に新宿店8階に「カインズ ハンズ新宿店」をオープン(カインズ×ハンズ合体1号店)。2025年11月現在総97店舗(ハンズ68店・ハンズビー20店・プラグスマーケット9店)。
「東急ハンズ」は長年にわたり「唯一無二の専門性」を誇ってきた。
しかし2010年代以降、その専門性が逆に足かせになる構造的問題が積み重なっていく。
- 「Amazonで買える」という専門性の陳腐化: ハンズの強みだった工具・DIY材料・ホビー用品は、ECが普及するにつれネットでも豊富に揃うようになった。「わざわざ店に来て、店員に相談する」という体験の価値が薄れ、価格比較のしやすい商材は徐々にオンラインへ流出。EC対応の遅れも重なり、既存顧客の離脱が加速した。
- 「縦型大型店」の売場効率の悪さ: 渋谷店・新宿店・梅田店など旗艦店は多層階の縦型大型店だ。家賃コストが高い一等地に広大な売場を構えながら、売場あたりの売上高は漸減していた。「迷子になるほど広い店」はかつての魅力だったが、時間効率を重視する現代の消費者には「不便」へと転化した。
- 「対面販売」へのこだわりがコロナで直撃: ハンズは創業以来「豊富な商品知識に基づくコンサルティングセールス」を強みとしてきた。しかしその「対面」へのこだわりが、外出自粛・店舗休業のコロナ禍では完全に裏目に出た。2021年3月期は売上前期比▲35%、営業赤字44億円。「強みがそのまま弱みになる」という構造的逆転が起きた。
- 「広すぎる品揃え」による独自性の希薄化: 創業時の「DIY・クラフト・生活用品の専門量販店」という軸から、徐々に雑貨・コスメ・トラベル用品など幅広いカテゴリへと拡張した。その結果「ロフトとどう違うのか」という差別化の問いに明確に答えられなくなっていた。専門性こそが存在意義なのに、その専門性が曖昧になっていた。
- 「東急」ブランド依存という根本問題: 「東急ハンズ」というブランドは「東急」という親会社のブランド力に大きく依存していた。東急グループという文脈を失い、独立したブランドとして「ハンズとは何か」を再定義する必要に迫られた。社名変更は単なる名前の変更ではなく、アイデンティティの再構築という深刻な課題だった。
「手の復権」を掲げて生まれた専門店が
「何でも揃う」店になりかけていた。
そのアイデンティティの喪失が
赤字44億円の本当の原因だった。
カインズによる買収後、最初の決断が「東急ハンズ」から「ハンズ」への社名変更だった。
「東急」を外すことは、親会社のブランド力を捨てること。
しかしそれは同時に、「自分たちの強みは何か」を問い直す絶好の機会でもあった。
新ブランドステートメントは「手でソウゾウしよう。手でワクワクしよう。」
「ソウゾウ」は「創造」と「想像」の両方を意味するダブルミーニングだ。
新ロゴは佐藤オオキがデザインし、漢字の「手」をモチーフにした。
「手」という一文字に、48年分の哲学を凝縮させた。
🔴 「東急ハンズ」時代の課題
「東急」ブランドへの依存
雑貨・コスメへの品揃い拡張
ロフトとの差別化が曖昧に
対面販売へのこだわりが硬直化
大型縦型店の効率の悪さ
🟢 「ハンズ」としての再定義
「手」という独自哲学への回帰
DIY・工具・素材の専門性強化
「ヒント・マーケット」の独自性明確化
カインズのデジタル基盤で補完
標準店・小型店への業態多様化
「ハンズとロフトは何が違うのか」──この問いに、ハンズは明確な答えを出した。
ロフトは「欲しいという感情を売る体験の場」。ハンズは「何かを作り・直し・試みる人への専門的サポートの場」。
感情設計 vs 専門知識。どちらが優れているという話ではなく、どちらを選ぶかというアイデンティティの問題だ。
ハンズは「深さ」を選んだ。
買収は「屈辱」ではなかった。
カインズ会長となった高家正行は「カインズはカインズ、ハンズはハンズ。お互いの強みをより尖らせていきたい」と明言した。
ベイシアグループの哲学は「各社の自主性を重んじて成長させる」こと。
統合とは「飲み込む」ことではなく、「弱みを補完し、強みを伸ばす」ことだ。
カインズの全売上約40%を占めるオリジナル商品開発基盤をハンズに提供。ハンズの「編集力・目利き力」とカインズの「製造力」を掛け合わせたPB商品開発が可能に。
カインズが構築した自社アプリ・EC・店頭ピックアップ・デジタルサイネージなどのデジタルインフラをハンズに展開。EC対応の弱さを一気に解消。
両社合計20拠点の物流基盤を相互活用。仕入総額約3,500億円規模でのバイイングパワー強化。コスト構造の改善が売上回復を後押しした。
「郊外の日常DIY(カインズ)」×「都市の趣味・クラフトDIY(ハンズ)」の両軸で日本のDIY文化を広げる。2023年に新宿店8階に「カインズ ハンズ新宿店」を出店し合体1号店が実現。
特に「デジタル基盤の共有」は構造的な弱みの解消だった。
ハンズが長年苦手としていたEC・アプリ・デジタルマーケティングを、カインズの既存インフラをそのまま活用することで補完。
「自分でゼロから作る」のではなく「強みを持つパートナーから借りる」という発想の転換だ。
自分の専門性(手・DIY・目利き)を磨くために、専門外の機能(デジタル・物流・製造)は外部から調達する。これが「選択と集中」の現代版だ。
カインズ傘下になった新生ハンズの重要な戦略が、「3業態による市場の立体的カバー」だ。
単一業態で全ての市場を取ろうとするのではなく、各業態が異なる役割を担う構造を作った。
国内直営45店・FC10・海外12。住まいと生活、手づくり関連の専門量販店。都市型旗艦店。創業哲学「手の復権」を体現する本流業態
国内17店・FC3。文具・生活雑貨・コスメ・ギフト中心の小型版。ハンズ本格商品はないが、より気軽に入れる雑貨店ポジション
FC9店。「地域を元気に」がキーワード。地域の魅力を発見・発信するマーケット。伝え場・モノ場・コト場・ヒト場の4ゾーン構成
この3業態戦略の肝は、「本体ブランドの希薄化を防ぎながら市場を広げる」設計にある。
「ハンズビー」はハンズ本体の専門性を薄めずに、より広い顧客層に入口を提供する役割だ。
「プラグスマーケット」は地域密着型の新しい文脈で「ハンズ的思想」を広げる実験場として機能する。
さらにカインズ傘下になってからは「カインズとハンズビーを同一施設内に同時出店させる」例も見られ、グループ内での相互集客も進んでいる。
「本体ブランドは深く、派生業態は広く」:ハンズ本体は専門性を守る。ハンズビーはより広い客層への入口。プラグスマーケットは地域コミュニティへの接続。異なる役割分担が、ブランド全体を太く保つ。
「カインズとの共存出店」という新しい実験:新宿店では8階に「カインズ ハンズ新宿店」を出店。郊外ホームセンター最大手が都心型専門店と同一建物に存在するという、かつてなかった組み合わせを試みている。
2023年比+18%
V字回復達成
3業態展開
海外12店含む
「手の復権」哲学を
守り続けた歳月
2024年2月期の売上605億円は、コロナ禍の底(2021年3月期619億円、営業赤字44億円)から大きく回復した数字だ。
売上規模だけでなく、「ハンズとは何か」という問いへの答えが明確になったことが最大の成果だ。
渋谷店では50周年を記念し「マンホール・ソフビ・中古ラジカセ」など、ハンズらしい「迷う楽しさ」を体現する企画を展開。
「深い専門性」こそが来店動機であり、競合との差別化の核だということを、改めて実証している。
「広げること」に失敗し、赤字44億円に転落した。しかし「手」という一点に回帰することで復活した。副業家も「なんでもできます」の誘惑に負けて専門性を失うと、競合優位が消える。「自分の深い一点」を守り続けることが、長期的な指名受注の源泉になる。
「深さ」こそが最強の参入障壁── 専門性は守るものであり、削るものではない
ハンズが苦しんだ最大の原因は「専門性の希薄化」だった。ロフトとの差別化が曖昧になり、「どこにでもある雑貨店」に近づいた。「手の復権」という創業哲学に回帰した再出発が、V字回復の起点となった。専門性は削って広げるものではなく、守って深めるものだ。
- 「何でもできます」は「何も特徴がない」と同義になりうる
- 自分の専門性を言語化する:「私は○○の人」という一文を作る
- その専門性に反する仕事は、長期的には断る勇気を持つ
- 「幅を広げたい」衝動が来たら「深さを広げる」方向に転換できないか検討する
「弱みは外部で補う、強みに集中する」── 苦手の克服より得意への集中
ハンズはEC・デジタル・物流という弱みを自力で克服しようとした時代に苦しんだ。カインズ傘下でこれらをカインズの基盤で補完し、ハンズは「編集力・目利き力・専門知識」という強みに集中できるようになった。弱みを外注・連携で補うことで、強みへの集中度が上がる。
- 自分の「苦手リスト」を作る:時間をかけているのに成果が出ないものを特定する
- 苦手なことをツール・外注・パートナーで補う仕組みを設計する
- 「自分にしかできないこと」に使える時間を増やすことを目標にする
- 「一人でやりきる」ことが美学ではない、「構造を作る」ことが美学だ
「危機は原点回帰のチャンス」── ピンチの時こそ「自分は何者か」を問い直す
44億円の赤字、カインズへの売却、社名変更──これだけ見ると「失敗の歴史」だ。しかし見方を変えれば「創業哲学への回帰を余儀なくされた再出発」だ。危機がなければ「東急ハンズ」という名前に甘えたまま漂流していたかもしれない。逆境がアイデンティティを鍛えた。
- 仕事がうまくいかない時期こそ「自分の強みは何か」を問い直す機会
- 「うまくいかない案件・依頼」は「自分の専門性から外れている」サインかもしれない
- 売上が落ちた時に「値下げ」ではなく「専門性の再定義」で対処する
- 「ブランドの再定義」は失敗の証ではなく、成長の証として見せる
「本体は深く、入口は広く」── 専門性を守りながら市場を広げる業態設計
ハンズは本体ブランドの専門性(DIY・工具・素材)を守りながら、「ハンズビー」という軽量業態で入口を広げた。専門性の高い本体を守りながら、より気軽に試せる入口を別に作ることで、ブランドを希薄化せずに市場を広げる二重構造を実現した。
- 「専門サービス(本体)」と「入門サービス(入口)」を別々に設計する
- 入口サービスを低価格・短時間で設計し、本体への「橋渡し」として機能させる
- 「試してから深く入る」動線を作ることで、本体サービスへの信頼感が先に醸成される
- 本体サービスの品質・専門性は絶対に下げない──入口を広げるのは別の何かで担う
📋 今日からできるハンズ式 副業改善
ハンズが「手でソウゾウしよう」というブランドステートメントを作ったように、自分の専門性を30文字以内の一文で定義する。「ライター」ではなく「医療機器メーカー向けに患者向け説明文を書くライター」のように。この一文がプロフィール・提案書・SNSバイオの核になる。今週中に書いて、何かひとつのプロフィールを書き換える。
ハンズがカインズのデジタル基盤を借りて「苦手な弱み」を補完したように、副業家も「時間がかかっているのに成果が出ない作業」を3つ書き出す。その中から1つを今月中にツール(Canva・Notion・Claude等)や外注で解決する。浮いた時間を「自分の深い専門性」に使う。「一人でやりきる」から「構造で解決する」へ発想を転換する。
ハンズが本体の専門性を守りながら「ハンズビー」という軽量業態で入口を広げたように、副業家も「メインサービスより気軽に試せる入口サービス」を1つ設計する。「コンサル5万円/月(本体)」に対して「30分スポット相談3,000円(入口)」を設ける形が典型例。入口サービスが本体への信頼を先に作る。今週中に入口サービスの概要を1枚で書いてみる。
🔗 まとめ:ハンズが証明したのは「深さは裏切らない」という普遍の原則だった
1976年藤沢で「手の復権」を掲げて生まれたハンズは、
一時期「何でも揃う雑貨店」に近づいて専門性を失いかけた。
その代償が赤字44億円。カインズへの売却という「屈辱」の決断だった。
しかしカインズ傘下での「東急」を外した再出発は、「手」という創業哲学への回帰でもあった。
弱み(EC・デジタル・物流)はカインズの基盤で補完し、
強み(専門知識・目利き・編集力)に集中することでV字回復を果たした。
2024年2月期売上605億円。「深さで生き残る」戦略の正しさが証明された。
副業家も「何でもできます」の誘惑に負けるな。
「自分の深い一点」を守り続けることが、価格競争から最も遠い場所に立てる唯一の道だ。
弱みは外部で補い、強みに全力で集中せよ。
危機の時こそ「自分は何者か」を問い直せ。
ハンズの48年は「深さは裏切らない」という普遍の原則を体現し続けている。
Lesson 88:カルディコーヒーファーム(株式会社キャメル珈琲)
輸入食品・コーヒー専門店として独自のポジションを持つカルディ。「なんとなく入ってしまう」「気がついたら買いすぎている」──あの不思議な購買体験はどう設計されているのか。
セール広告ゼロ・TVCMなし・SNSは公式より個人投稿が先行する「口コミファースト」の販促戦略と、「輸入食品のハードル」を下げながら「ちょっと特別感」を守る絶妙な価格設計の秘密を解剖する。
















